オリジナルノベル 約束

エピローグ

『また、一年後―――。』
あの事件があった次の日、学校では大騒ぎになっていた。
あの日、補講を休んだ僕を心配して僕の家を訪れた薺と晃が見たのは悲惨な光景だった。
玄関のドアは蹴破られ、部屋は荒らされて、七雄とシロは銃で撃たれて―――。
朝一番で新聞に目を通すと、僕の家には強盗が入った事になっていた。
軽く警察に事情聴取を受けたが、僕は本当の事を話さなかった。
日本の政治を脅かす悪の組織が、物凄い強い兵器を開発していて、
挙句の果てには僕がその組織に拉致されましたなどと言った日には本当に精神病院に入れかねられないからだ。
そういえば翌日、学校に行くと晃と薺が泣きながら僕に抱きついてきたのを今でもはっきりと覚えている。
あの時の晃の顔は傑作だったな。それからの毎日、僕は必死に勉強に打ち込んだ。
それまでの分を巻き返すように、寝る間も惜しんで。しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
推薦はもちろん手に入れることはできなかったし、大学のレベルも他のクラスメートより劣る、そんな大学だ。
僕が進学したのは関西の方にある工業大学で、1人暮らしという願いも叶った。
大学に進学して、僕はある事を目標に勉強を始めた。それは、いつか沙耶香からあの力を消し去る事。
何年かかってもいい。僕は学び続け、いつか彼女をあの苦しみから救ってみせる。と。
大学に通い始め、あれこれ色々やっている内に1年は直ぐに過ぎた。
しかし、その1年後に僕を待っていた現実は―――。
暗くなった教室の窓から校庭を眺め続けたが、沙耶香には会えなかった。
でも、僕は慌てなかった。決めたから。何年でも待つと。
彼女と会うまで、僕は諦めない。ずっと、待っていると。
あれから2年。今年もまた、こうして同じ教室の窓から校庭を眺めていた。
腕時計に目をやると、時刻は7時。約束の時間はとっくに過ぎている。
(今年も、ダメかな。)
そう思って、僕が再び校庭に目を戻した時だった。
僕の背後で教室のドアがガラッと勢いよく開いた。
「―――。」
確かに、人の気配がした。
少し荒めの息で、でも教室のドアを開けるまで気付かないほどの静かな気配で。
振り返ると、そこに1人の女性が立っていた。
「あ・・・。」
何かを言いかけて、でも自分でも何を言っていいかわからずにそのまま言葉を濁す。
肩までの短く切った白い髪に少し惑わされたが、顔の骨格から、眉毛のラインから、
綺麗に整った鼻や唇からも、あの頃の沙耶香の面影が見て取れた。
頬だけでなく、体中傷だらけで、着ている黒い皮のつなぎも、刃物で切り裂かれたようにボロボロだ。
しかし、彼女はそんな事はお構いなしで、僕の方を確認すると、表情を崩す。
「壱畝、君。」
「沙耶香!」
きっと、この時、沙耶香の名前を呼んだ時の顔は、喜びに満ち溢れていたことだろう。
立ち尽くしていた僕達は互いにその一歩を踏み出した。
これが僕達の、未来への第一歩となることを信じて――。

完

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